2011年04月02日

不幸は罪である、とか

京都地裁の和久田斉裁判官は31日、2人の業務をパートなどと同じ「家計補助的労働」と位置付け、雇用継続を期待する合理的理由がないとして請求を棄却した。2人が京大出身であることに触れ「生活を営むのが可能な収入を得られる職業に就くべきだ」と言及。原告側は「大きなお世話」と憤っている。
雇い止め:非常勤の再雇用を認めず 京大元職員の職業観に言及−−京都地裁 - 毎日jp(毎日新聞) 雇い止め:非常勤の再雇用を認めず 京大元職員の職業観に言及−−京都地裁 - 毎日jp(毎日新聞)

給料が安いと首にしても可だと。
すごい便利な話だな、と思う。

けど、こういう風に考えている人は、雇う側はもとより働いてるほうにもたくさんいるんだろうな、とも思う。おそらくある観点からすれば、こう考えることは≪論理的に正しい≫んだよね。

この裁判官を笑うことは、ほんとはかなり難しいことなんじゃないだろうか。


※前にこんなことを書いた。

posted by 甲虫1 at 2011年04月02日 23:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2011年04月01日

意味不明のつぶやき

なんとなくわかってきたのは、「理系」とか「自由主義」系統のひとたちのいらだちというのは、「第三次産業化した社会」というものに向けられれているのではないか、ということ。

これは「働かない権利」みたいなものを忌み嫌い「労働」を重視する人たちにも言えるような気がする。

ロビンソン・クルーソーか。

posted by 甲虫1 at 2011年04月01日 07:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

御用学者

「おまえは御用学者だ」と言われて「あぜん」としたり失笑したりした、とかほがらかにいえる人がいるとしたら、そのひとはたとえ「御用学者」じゃないとしてもけっこうやばいと思うんだけど……。
(あ、これは学者本人だけではなく、ファンとかシンパ――って、これは学者について言う言葉じゃないよな……。なんて言ったらいいだろう?――でも同じですから)。

【追記 22:40ごろ】
どうしてこの人はいつも僕と意見が正反対なんだろう?
posted by 甲虫1 at 2011年04月01日 06:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2011年03月30日

「自由の値段」というタイトルはどうだろう

たとえば、自分のために作られたものでないシステムによってようやく生き延びている存在、というものがあるとする。

そしてシステムがその目的のために再編成されるとき、彼らの居場所がなくなってしまいそうだ、ということがあるとする。

彼らが生き残りうるのは二つの場合。
ひとつはシステムの目的のひとつに、彼らが存在すること自体が加えられること。
もうひとつは、システムの変更が阻止されることだ。

システムが新たに目的を見出しそのために変化することによって自分が切り捨てられる、と怒り出す人がいる。
でも、そもそもシステムには目的があるはずではないか。無垢のシステムなんてものはない。それは誰かに何らかの犠牲を強いているはずだろう。ただ、その目的が犠牲に見合ったものであると考えられるからこそ、その存在が肯定されているのではないのか。

なぜ、俺の存在を目的とせよ、と言わないのか。
そんなに手を汚したくないのか。
決して自分のものではないシステムによって生かされること以上に、それは恥ずかしいことなのか。






(原発を止めるとマイノリティが死ぬ、とか言っている人がいるようなので、前から考えてきたことをちょっと書いてみた。なんか、読み直すと僕はすごい全体主義者みたいじゃないか。次の日には逆のことを考えているんだけどね……)。
posted by 甲虫1 at 2011年03月30日 00:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2011年03月24日

介入とユートピア


この本やこの書評にはちょくせつ関係はないけれど(僕はこの本を読んでいない)、≪介入が最悪の結果を招く≫という言い方について。

大きく3つのことが言えると思う。

1.これは今日ではまったく「反体制的」ではない。
体制派であるネオリベやリバタリアンの教説になっている。
政府に介入しない口実を与えるものでもあるのである。

2.≪介入が最悪の結果を招く≫ことがあるからといって、それは≪良い介入≫・≪よりマシな介入≫が存在しないことを意味しない。
介入するかしないかが問題ではなく、結果がいいかどうか、そして良い結果それ自体を目的にしているかどうかが問題。

3.介入しないほうがうまくいくことがある、ということは、それが何か積極的な≪力≫や≪法則≫のようなものであることを意味しない。
はっきりとした原因があれば、その「ユートピア」は簡単に破壊されてしまう。
また「政府」それ自体は外部からだけやってくるわけではなく、内的な必然性によって作られているという側面もあることを忘れてはいけない。


ろくでもない介入をしておいて≪介入しなければもっとひどいことになっていた≫などと言い出だすという最悪のふるまいを批判するために「災害ユートピア」のような≪介入しないほうがうまくいく≫という性向が強調されるべきなのであり、それ以上の意味づけは別の危険を招くだろう、ということ。


この柄谷行人の書評を読みなおすと、彼はちゃんとわかっているのであって、僕などが心配することはないのかもしれない。
でも上に述べたようなことは、たとえば20年前には僕自身を含めてちゃんとわかっている人は少なかったように思う。
みんな「おせっかいな政府」に対する怒りと憎しみであたりまえのことを無視してしまっていたのだと思う。
僕などがこういうことを書けるのも、わりと最近の歴史的な成果なのだ、ということだ。
以上。
posted by 甲虫1 at 2011年03月24日 06:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2011年03月20日

自立って嫌いな言葉なんだけどね…

批判者に「邪魔だ」とおっしゃる稲葉さんが(しかしWebでは社会的地位のある人でもこういう口を利いて良いということになってるのはちょっと嫌な感じだが)夢中になってるのがこれか。

まだちゃんと理解していないけど、被災地を外部から援助するだけでなく、被災者自身に働いてもらおう(そして給料という形でお金を回そう)、ということらしい。

ロシアが被災者を労働者として受け入れることを申し出ているというニュースを見て、「?」と思ったのだが、そもそもそういうスケールの災害だったんだ、ということなんだろうか。
posted by 甲虫1 at 2011年03月20日 21:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2011年03月18日

「言い続けるのが大事」とか言ってた人がいたな……。【追記あり】

追記
こんなこと言われちゃったんですが……。:
@usoki なんかもんのすごく誤解されてるみたいですよ。 http://coleopteran.seesaa.net/article/191321803.html
Twitter / ロムえもん: (rom_emon)

引用したツイートは「実在しても声が上げにくい状況になっている」という表現自体に対する揶揄だと理解したんですけど、違うんでしょうか。

もちろん「実在」するものは「災害時の性暴力被害」です。

あと、当ブログについて「「リフレ派とネトウヨの関係」がメインテーマ」だという言及もあるんですけど、リフレ派と一部の「反原発」派のロジックの類似についても前から気になっています。なんか広瀬隆が「再評価」されてるみたいなんで、僕は嫌なんですけど……。(3/19 10:15ごろ)


なんだこりゃ。

「日本人が外国人からの被害を訴えただけでネトウヨ呼ばわりする」なるほど、そういう捉え方もあるのか。井戸に毒を入れ回ってる外国人集団が実在しても声が上げにくい状況になっている。
Twitter / usoki: 「日本人が外国人からの被害を訴えただけでネトウヨ呼ば ...

自分の嫌いなものはネトウヨでも「フェミニスト」でもなんでもいっしょってことか。

そろそろこのへんヤバくなってきている。
posted by 甲虫1 at 2011年03月18日 23:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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