2007年12月02日

中流で何が悪い――社会・教育・自由

追記:
コメント欄にあるとおり、以下の本文中の「座談会参加者が語るような“多様な生き方があっていいじゃないか”という意味の言葉」なるものは、僕の誤読の産物であり、実在しません。
曖昧な根拠で批判的なことを書いてしまったことをお詫びいたします。
(07.12/16)


「そのうち」の件。
あまり遅くなるとややこしいので、あえて読み返さないまま書いてみます。
これの何が問題かって、けっきょく、「不登校論」と「ひきこもり論」の対立の意味がわかってない、あるいは無視しているってことに尽きるんだろうと思う。

「不登校論」は自由を重視する“俺らのことは放っといてくれよ派”。
それに対して「ひきこもり論」は“でもなんらかの手当ては必要だよ派”。
これはさいきん話題のリベラル対ソーシャルっていうのと似た対立。

座談会参加者が語るような“多様な生き方があっていいじゃないか”という意味の言葉は、結局のところ弱者を二級市民として切り捨てる口実として機能した――というのが、ここ数年、不安定就労などについて論じられる中で常識となりつつあるのに、彼らがそれ以前の認識に戻ってしまっているということが問題なのだ。

ひきこもりを中流家庭の病理として捉えようとする見方がこの座談会のなかには散見されると思うのだが、今いわれているマトモな貧困対策の多くが、なるだけ多くの人を「中流」への入り口に立たせることを目標にしていることを、座談会参加者はどう考えるのだろうか。

あと、個別の問題。
内藤朝雄氏のいう“すべての学校を自動車学校のようにしてしまえばいい”という話ですけど……。
内藤氏が問題にしてるのは、いじめと管理教育(=教師による暴力)ですよね。これ、ひきこもりや不登校には、あまり有効ではないと思う。
ひきこもりや不登校における「学校的なもの」は、あくまで人格の中に埋め込まれているものであって、具体的な制度とはかならずしも関係がない。塾や大学といった、学校システムとしては周縁的というか、多くの人が「解放」されるようなところでひっかかってしまうのがひきこもり(少なくともその一部)なのだから。これは井出草平氏も強調するところなのにもかかわらず、なぜ学校制度をいじることに意味があると考えるのか。

これはもう政治とか宗教のような、どのように生きるべきかとか何が正義なのか、という問題なのだと思う(もちろん、これは政治運動や宗教団体のみを意味しない)。斎藤環氏が精神分析を強調するのもそのような意味だろう。
そこはもう避けては通れない道なのだということを前提にして考えるよりしょうがないんじゃないかという気がする。
【ぜんぜんまとまってませんが……。また続きを書くかも】


参照
タグ:ひきこもり
posted by 甲虫1 at 2007年12月02日 22:09 | Comment(3) | TrackBack(2) | うわさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
この記事へのコメント
こんにちわ。座談会参加者です。感想ありがとうございます。いくつか気になることがあるので質問させてください。
まず、「座談会参加者が語るような“多様な生き方があっていいじゃないか”という意味の言葉」というのは、具体的には誰のどの部分の発言ですか? 少なくとも私自身は、例えば「バウチャー肯定」「ひきこもりという多様な生き方擁護」、あるいは内藤朝雄さんの論をひきこもり・不登校に応用すればよいというような主張はしていないので、どうしてそう読まれたのかが気になります。
それを踏まえたうえで、議論の運びとして気になる点があります。「多様な生き方〜口実として機能した」というのは大雑把すぎるのではないでしょうか。例えば「多様性が肯定されうるプラットフォームをめぐる議論」自体のいくつかの方向性と、現状肯定のロジックとして用いられる「多様性」なるフレーズとは同一の尺度で語ることは出来ません。もし言説の機能を一元化して「常識」となっているのであれば、その議題設定はまずいと思う。これは「今いわれているマトモな貧困対策の多くが、なるだけ多くの人を「中流」への入り口に立たせることを目標にしていることを、座談会参加者はどう考えるのだろうか」ということとも絡みます。ですからもう少し詳細に伺いたいです。
それと、井出さんの議論は「不登校<論>/ひきこもり<論>」の対立フレームとは別レイヤーに、両者の同根性を吟味することで状況を確認するという目論見だと思うのですが、その「対立」に括りなおす理由はなんでしょうか。「不登校=放っておいてくれよ派/ひきこもり論=でもなんらかの手当ては必要だ派」という区別の妥当性もちょっとわかっていないのですが(「放っておく」ための手当てが必要/手当てが出来ないから「放っておく」という場合はどちらになるのでしょう)、そのほうが生産的だという理由があれば教えてください。
質問が多くて大変恐縮ですが(汗)、甲虫さんが井出さんに対しても一定の評価を前提に批判を行っているというということは存じ上げているので、「続き」として伺ってみたかった次第です。
Posted by chiki at 2007年12月08日 10:17
chikiさん、お返事が遅れてすみません。
コメントをいただいて、座談会の記事を改めて読み直してみました。
どうも僕は誤読していたかもしれません。
たとえば、「やっぱり必要なのは、変な人というか、学校的価値観の外を生きる人に出会える場所だと思います。」(macska氏。もちろんこれは、最初ほうでの井出氏の、中流・郊外・核家族、における「学校化」がひとつの要因だ、というまとめをふまえての発言だと思います)といった発言などを読んで“学校的価値観の外を生きよ”という意味だと理解してしまっていたようです(実際は、あくまで「出会える」ことが大事だ、ということでよいのでしょうか?)。その意味では言い過ぎだったかもしれません。

「「多様性が肯定されうるプラットフォームをめぐる議論」自体のいくつかの方向性と、現状肯定のロジックとして用いられる「多様性」なるフレーズとは同一の尺度で語ることは出来ません。」というのはよくわからないのですが……。
単純に、フリーター肯定論だのゆとり教育だのがたどった挫折をイメージしていたのですが。不登校運動も同じような運命をたどったもののひとつとして考えていました。なんというか、多様性の肯定そのものはいいと思うのですが(というか、それしかないでしょう)、たとえば“おまえらが「多様性」なんて言うから、その気になって実践した人間が不幸になったじゃないか”と言われたらどう返すのか、というようなことです。これが「言説の機能を一元化して「常識」となっている」ということになるのかどうなのか……。

やはり僕が気になるのは、ひきこもりの原因が学校にあるのか? ということです。“教育”の問題になってしまうのが嫌なんです。「学校的価値観の外」があることを、ひきこもり者は単に“知らない”だけなんでしょうか? 「変な人」に出会ったとき君のひきこもりは治るよ、とかいわれて、はいそうですか、というというのはなかなかありそうにもないような気がするんですが。自分の殻を壊すとか他者と出会うとかいうようなことをそう簡単に言ってもらっては困る、という思いがどうしても先行してしまうんですよ。こんなことをいうと、それは具体的にどの発言ですか? と言われそうですけど、“教育”を問題にすれば結局そういうことになってしまうような気がする。

ひきこもりは発達障害か、という話の方が盛り上がるのは、たぶんこのことと関係があります。先天的(または器質的)な問題は治療というより「理解する」「うまく付き合っていく」ことが重視されます。“他者と出会え”とかいう荒唐無稽なこと(でも、そうなければ意味がないでしょう)を言われるより、そのほうがなんぼかマシだ、と、ひきこもってはいないまでも生きづらさを感じているひとたちは普通に思うのではないでしょうか。
Posted by 甲虫1(管理人) at 2007年12月09日 17:58
返事遅れてすみません。年末にかけて少しばたばたしてしまっています。後ほどしっかりお返事をさせてください。ただ、いくつか簡単に思いついたことを。

まず多様性云々については、「多様性を<肯定>しようとするなら、推奨するための言説キャンペーンと、実際に多様性を肯定できる場所の構築が必要となるでしょう。「おまえらが「多様性」なんて言うから、その気になって実践した人間が不幸になったじゃないか」という際の「おまえら」および「実践した人」が何の比ゆなのかはちょっとわからないですが、例えば井出さんは実際にひきこもり支援の現場に足を運んでいますし、macskaさんもさまざまなマイノリティ運動に携わっているので、そのいずれの努力もされている方かと思いますので、その回答を求めるのは難しいでしょう。

いくつか論点があるかと思いますが、各用語にたいする意味づけがおそらく甲虫さんと私とでずいぶん異なっているので、整理が必要かと思います。とり急ぎですみません。
Posted by chiki at 2007年12月19日 23:22
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Excerpt: さて、年が明けてしまいました。 ■先日の記事に、chikiさんから再度のコメントをいただいているわけですが(反応が遅すぎですいません)、件の記事は僕の誤読もあって議論の下地にはなりにくいと思います。 ..
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Tracked: 2008-01-14 20:58

今日のリンク元
Excerpt: なんかここ↓からアクセスがあったんだけど。はてなブックマーク - 東京新聞:東名高速でバスジャック 岡崎・美合PAで14歳少年を逮捕:社会(TOKYO Web) なんだろうと思ったら、こないだからはて..
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Tracked: 2008-07-20 18:44
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