2011年03月24日

介入とユートピア


この本やこの書評にはちょくせつ関係はないけれど(僕はこの本を読んでいない)、≪介入が最悪の結果を招く≫という言い方について。

大きく3つのことが言えると思う。

1.これは今日ではまったく「反体制的」ではない。
体制派であるネオリベやリバタリアンの教説になっている。
政府に介入しない口実を与えるものでもあるのである。

2.≪介入が最悪の結果を招く≫ことがあるからといって、それは≪良い介入≫・≪よりマシな介入≫が存在しないことを意味しない。
介入するかしないかが問題ではなく、結果がいいかどうか、そして良い結果それ自体を目的にしているかどうかが問題。

3.介入しないほうがうまくいくことがある、ということは、それが何か積極的な≪力≫や≪法則≫のようなものであることを意味しない。
はっきりとした原因があれば、その「ユートピア」は簡単に破壊されてしまう。
また「政府」それ自体は外部からだけやってくるわけではなく、内的な必然性によって作られているという側面もあることを忘れてはいけない。


ろくでもない介入をしておいて≪介入しなければもっとひどいことになっていた≫などと言い出だすという最悪のふるまいを批判するために「災害ユートピア」のような≪介入しないほうがうまくいく≫という性向が強調されるべきなのであり、それ以上の意味づけは別の危険を招くだろう、ということ。


この柄谷行人の書評を読みなおすと、彼はちゃんとわかっているのであって、僕などが心配することはないのかもしれない。
でも上に述べたようなことは、たとえば20年前には僕自身を含めてちゃんとわかっている人は少なかったように思う。
みんな「おせっかいな政府」に対する怒りと憎しみであたりまえのことを無視してしまっていたのだと思う。
僕などがこういうことを書けるのも、わりと最近の歴史的な成果なのだ、ということだ。
以上。
posted by 甲虫1 at 2011年03月24日 06:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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