前回の記事で左翼と新左翼の混同が云々と書いた。
左翼批判というのは新左翼の特徴なのだが、「左翼批判」という行為が、世間では新左翼に対する批判を同時に意味してしまうため、自分がいわば≪隠れ新左翼≫であることを認識できないひとたちがいる、みたいな論理を僕は使ったのである。
しかしですね、あそこで問題にした「リフレ派」周辺のひとたちというのは、むしろ旧左翼的なものにシンパシーを抱いているという側面もあるのね。ただそれは、オルタナティブとして「あえて」共産党を支持するような人たちとはあまり重なり合わないので、そう見えないだけ。あえて混乱を誘うような言いかたをすると、選挙においてあえて共産党に入れるような層っていうのは、ガチな旧左翼ではないということになる(本当か?)。
で、どうなんだろうね、と思うのは、やはり日本ってナショナリズムが弱いというか、ねじれているんじゃないのかな、と思う。なんか「参加」みたいなことに関して一筋縄ではいかない。ちょっと問題は違うが、たとえば団塊の世代っていうのも謎なのであって、あれも共同体主義的なのか個人主義的なのかよくわからないひとたちなのだった(「人それぞれ」というのは無しで考えるとして)。



