2008年08月05日

「自由」への「信仰心」の起源

言及先は読んでないけど、なんかこういう人いっぱいいるよね、という感じはわかる。

で、その「バカリベラリスト」の特徴の一つとして挙げられているのが「篤い信仰心」なんだけど、この「自由主義」への信仰については、スネに傷を持つ人って、けっこういるのではないか(※欄で言われている「かつての共産主義」と同様に)と思った。

共産主義者にとってのロシア革命に相当するものが、「自由主義」信者にも存在したような気がする。「ペレストロイカ」がそれではないだろうかと思う。

よく「○○だったから共産圏は崩壊した」とか、こともなげに語られていることがあって、僕はそれを見るたびにギョッとする。だってそうではないか。北朝鮮も中国も社会主義なのに未だ崩壊してはいない。一度成立した秩序が内部的な事情だけで崩壊するなどということはめったにあるものではないと思う。上からの「革命」であるペレストロイカがなければ、まだソ連が存在したとしてもそんなにおかしなことはないのではないか。

ところで、自由化によってロシアの経済は良くなったのだろうか。もし良くならなかったとしても、社会的な自由はそれ自体で価値なのだから、そのことが失敗として強くとがめられることがなかっただけなんじゃないか、とか普通レベルの調査能力のない僕は思う。そして「自由主義」信者には、自由化が社会主義から人々を解放した、というイメージだけが残った、というあんばいなんじゃないのかと。

まあ、いかがわしい意見ではあるけれど、最近このへんの時代のことを聞かないな、と思ったので。


参考:




posted by 甲虫1 at 2008年08月05日 23:09 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする| このエントリーを含むはてなブックマーク
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Excerpt: えーと、ブクマなどを頂いておいて(ありがとうございます!)なんなのですが、前回の記事は、我ながらかなりひどいものだと思います。なぜあんなに短い文章の中に、矛盾と飛躍と勘違いがあんなにたくさんあるんだろ...
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