2010年07月22日

よい転向?悪い覚悟?

あの、「何をいまさら」という感じがするのは僕だけですか。
真偽(正誤)と善悪を混同する修羅の世界を是としてそれに飛びこんだ(というか全世界を引きずり込もうとした)わけでしょ。
それを、なんでとつぜん道徳に目覚めますかみなさん。

こんかい稲葉先生は(論理的に)正しい。というか、他の人が無自覚にやってたことを稲葉氏は自覚的にやってたんじゃないですか。それってすごい怖いことだと思うけど……。


*これは議論を精査した上での結論ではなく、単なる一ネット民(こんな表現あったっけ?)としての感想に過ぎないことをお断りしておきます。

posted by 甲虫1 at 2010年07月22日 21:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年07月01日

「総括」とか

むかし岸田秀とか笠井潔とかを読んだだけなんでそういう方面からの言い方に過ぎないんだけど(そういえば大塚英志の本はBOOKOFFで買ったけど読んでないな)、連合赤軍事件を思想的に問題化するときに中心になるのは「総括」というものだろう。

客観的に今すぐは革命を起こせる状況にないときに、自分や同志が革命の主体としてふさわしい者になることを革命の等価物とみなしてしまうこと。
そしてそのように自分たちが独占した「革命」を絶対視し、それについていけない/反対する者の抹殺を、抹殺される当人にとっても《救済》だと考えてしまうこと……。

連合赤軍事件が左翼に対する幻滅をもたらしたのだという。まあ自称/他称の「左翼」が嫌悪/嘲笑されるようになったという点ではそうかもしれない。しかしこのような呪術的思考そのものは必ずしも真剣に批判されたわけではないと思う。そしてそれは冷戦体制の崩壊と共に社会の全面を覆い尽くすことになる。

インターネットはこの種の論理を増幅させる役割を果たしたもののひとつだと思う。
本田由紀ブログ閉鎖騒動で僕が気にしていたのは本田氏への攻撃がこういう「総括」的思考のもとに行われていたということだ。

こういう論理に固執している人がむしろ「左翼」に批判的である人が多いということは強調されなければならない。というか、そもそも連合赤軍に至る新左翼というものが、それまでの「社会」に期待しないというのがひとつの特徴であるような存在なのだから、それは当然のことではあるのだが。
posted by 甲虫1 at 2010年07月01日 22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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