2010年03月31日

もうナショナリズムでは笑えないんじゃない?

外山恒一が北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』をほめてるんですが……。でも、そのほめかたが「[前略]糸井重里や雑誌『ビックリハウス』に象徴される80年前後のサブカルチャー運動を、全共闘的なもののさらなる展開として正しく理解しているところがよい。」とか、そういうのはどうなの? もちろん僕の全共闘観も似たようなものなんだけど、しかしそれをいちおう活動家である外山氏が言っちゃうかな……。

この本が出たのは2005年なのか。なんか遠い昔のような気がしてしまうのは気のせいばかりじゃないはず。

外山氏の言及はまだつづくような気がするので、ちょっと気にして見守りたい。
嗤う日本の「ナショナリズム」 (NHKブックス)

嗤う日本の「ナショナリズム」 (NHKブックス)

  • 作者: 北田 暁大
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2005/02
  • メディア: 単行本


posted by 甲虫1 at 2010年03月31日 22:44 | Comment(4) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月27日

責任は「政治」の側にあるのが普通なんじゃないの? それとも……

追記しようと思ったけど、新しく投稿する(この辺はいつも迷うところ)。
今日3回目の投稿……。

リスク社会における公共的決定2――「トンデモ」批判の政治性と政治の未来 - on the ground リスク社会における公共的決定2――「トンデモ」批判の政治性と政治の未来 - on the groundに対するブクマコメントに、《なぜトンデモ批判(≒ニセ科学批判)の側のハードルだけを高くしようとするのか?》という趣旨のものがいくつかあってちょっと呆れた。

あの、基本的な構図として、「トンデモ」と「トンデモ批判」は対等な立場にはないわけですよね。トンデモの人は好きなことを勝手にやってるだけだけど(もちろんそのせいで多くの人が傷つくわけですが)、トンデモ批判側は相手のやっていることを意に反して止めようとするわけでしょ? そっちのほうが条件が厳しくなるに決まってるじゃん。

トンデモの人が荒らした世界を何とかするというのが「トンデモ批判」の目的なんであって、トンデモな人の存在というのは、その障害の一つでしかない。トンデモな人と対等にやりあおうとして、あげくフェアじゃないのなんのと言うってのがわからない。

kihamu氏の元記事の言ってることが「わかりきっていること」じゃないってのは、こういうところからも明らかだと思うのですが……。
posted by 甲虫1 at 2010年03月27日 21:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

「けっ。」て……。

リスク社会における公共的決定2――「トンデモ」批判の政治性と政治の未来 - on the ground リスク社会における公共的決定2――「トンデモ」批判の政治性と政治の未来 - on the ground」に対するブクマコメント。
kgotolibrary ニセ科学批判批判 けっ。そんなことはすでにわかりきっていることだっての。多くのニセ科学批判者・俗流若者論批判者はとっくの昔にその点で悩んどるわ。 2010/03/26
はてなブックマーク - 後藤和智の若者論ブックマーク はてなブックマーク - 後藤和智の若者論ブックマーク
……。

あー、「わかりきっていること」ならなぜ、《同意。》ですまないのでしょうか。
というか「わかりきって」いてアレか。

いや、後藤さんの本は読んだことないけどさ……。

やっぱりおおかみ(こどものとも絵本)

やっぱりおおかみ(こどものとも絵本)

  • 作者: ささき まき
  • 出版社/メーカー: 福音館書店
  • 発売日: 1977/04/01
  • メディア: 単行本


posted by 甲虫1 at 2010年03月27日 09:54 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

続・教育への欲望?

※hokusyu氏のidを「hokushu」と誤記していたので訂正【2010/11/4】

甲虫ブログ: 教育への欲望?甲虫ブログ: 教育への欲望?にブクマコメントをいただいた。
Apeman 「「トラウマ」に対する批判」←誤読。
はてなブックマーク - Apemanのブックマーク
あ、いや、誤読とか正読(こんな熟語はないはず)という以前に、僕には「読めない」ということを書いたつもりだったんですが。

元記事(表現規制問題 - hokusyu - はてなハイク 表現規制問題 - hokusyu - はてなハイク)には「「押し付けはできるだけ無いほうがいい」とは思いません。」とはっきり書かれているわけですから、単純に教育=トラウマ=悪とhokusyu氏が考えているわけではないというのはわかるわけですし、僕もそのように書いたつもりです。

でも、そこから先がわからない。《悪を教える》みたいな逆説をもてあそんで反論が許されない特権的な立場に自分を置こうとするのはろくでもないとして、ではその逆は、正しいと思うことを正しいこととして教えるという普通の「教育」でしょう。

でも、じゃあ「反教育」というのはどっから出てくるのか。そこになにか別の文脈なりアイデアなりが(自明のものとして)あるのではないか、でも僕はそれに気づいてなかったかも……、という話です。
posted by 甲虫1 at 2010年03月27日 09:13 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月25日

教育への欲望?

*ブクマコメにお返事しました(甲虫ブログ: 続・教育への欲望?
ぼくが問題にしているのは「教育の欲望による教育」です。「押し付けはできるだけ無いほうがいい」とは思いません。言い換えれば、意味付けの押し付けの「程度」が問題なのではなく、その「内容」が問題なのです。
何度も言っているように、「教育の欲望」による「リテラシー教育」とは、「聞き手にトラウマを伝染させること」への欲望にほかなりません。
[以下略]
表現規制問題 - hokusyu - はてなハイク 表現規制問題 - hokusyu - はてなハイク
なんというか、虚を突かれた。
「何度も言っているように」って、あんまり覚えてませんすいません(汗

「トラウマ」に対する批判っていうのには、僕はつい警戒してしまう。「忘却」をよしとするのは過去の戦争犯罪などを忘れようとする発想に通じるような気がするのだ。内面化されたキリスト教に抵抗したニーチェ(およびそのフォロワー)と、内省を端から馬鹿にしているかのような能天気な「日本」との結びつきは最悪だと思う。

もちろん、ブログのタイトルが『過ぎ去ろうとしない過去』だったりするhokusyu氏がそんなものに与するわけがないのはわかるのだが――というか「そんなもの」があるかもしれないというのが僕の妄想かもしれないのではあるが――、だからこそ、なにか不思議な感じがする。

「教える」というのはサディズムだと言う人もいるぐらいで、ここで批判されているものに僕は非常に近い存在だと感じるだけに、とても気になる。
posted by 甲虫1 at 2010年03月25日 23:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月23日

「ロールモデル」

んー、「ロールモデル」ってものについて、みんなどう考えているんだろうかと思うんだ。

孤立したマイノリティである子供が、メディアなどの中で「同胞」を発見して「自分だけじゃなかったんだ」と安心する、ってことがあることはよく知られているはずだ。
「健全育成」がヤバいという最大の理由のひとつは、セクシャルマイノリティの青少年からそういう機会を奪う可能性があるということだろう。

でも、マジョリティの「リベラル」な人というのは、モデルがないというのは自由でよいことだ、とか思ってるんじゃないのか。
もちろん、モデルにとらわれ過ぎて押しつぶされてしまうということはあるだろうけど、それはモデルが一種類しかないということであって、むしろそれはモデルの不在のほうにより近い事態なんだと思う。

――遠まわしすぎてなんの話だかよくわからなくなってきているが、しかし「反規範」って、僕はあんまり賛成しない。

情報遮断と放置による「冷たい」平衡より、葛藤と競争による「熱い」平衡のほうが意味があると思う。――まあいじめなんていっけん後者に属するように見えるから、これには反発もあるだろうけど。


○書いててこれ↓を連想した。
構造と力―記号論を超えて

構造と力―記号論を超えて

  • 作者: 浅田 彰
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 1983/09/10
  • メディア: 単行本


posted by 甲虫1 at 2010年03月23日 22:53 | Comment(5) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月22日

それは既定路線ではないのかということ

[前略]規制を是とする主張の背後には、(保守的道徳主義を除けば)「もうあんた達にはなにも期待しない」という諦念がある。[以下略]
性と暴力と表現、その2 - MOJIMOJI's BLOG 性と暴力と表現、その2 - MOJIMOJI's BLOG
僕に偉そうに言う権利はまったくないわけですが、これを、
《規制をとする主張の背後には、(保守的女性蔑視を除けば)「もうあんた達にはなにも期待しない」という諦念がある。》
と言い換えても通用する――っていうか、「もうあんた達にはなにも期待しない」っていう捨てぜりふは、去年すごくよく聞いた言葉ですよね、規制反対派からも。

社会的な解決より法で行こうというのは、80年代以降の日本の方針みたいで(ネオリベ、って言っていいんでしょうか?)、「もう期待しない」とか言われてしまうなにものかっていうのは、既に公的に滅ぶべきものとされているのではないかという疑念もあるんですが。
posted by 甲虫1 at 2010年03月22日 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月20日

杞憂化希望。

これに至るまでのこのブログの一連の記事に、僕は妙な苛立ちを感じていた。だが、その理由はわからなかった。
でも、この記事についてはわかった。ここでの男性を国家や自治体に、腕力を法律や条令に置き換えてみよう。表現の自由を盾に取った規制絶対反対派の言説のできあがりだ。
……。
posted by 甲虫1 at 2010年03月20日 20:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月19日

花粉症に限らず

そう。

体を温めてるとなんか調子いいような気がする。
なので僕は夏でも厚着。半袖シャツはもう何年も着ていない。(アンダーシャツは別だが)。
posted by 甲虫1 at 2010年03月19日 22:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月18日

「保守」内のジェネレーションギャップについて

これって不思議なことなのかあたりまえのことなのかよくわからないけど、言われてみれば確かにそうですよね。

だいたい今の保守的な若者って、「日本人」とか「男性」が「差別されている」とか言うわけで、それって差別されている弱者に自らが属するマジョリティをなぞらえているわけですよね。これがもう古典的な保守の発想じゃないでしょう*。女性差別をしているイスラム教徒は出て行けというヨーロッパのレイシストと、これは発想が近い(なぜか方向性がちがうけど)。

要は日本が先進国(気取り)になったってことじゃないでしょうか。でも「保守」っていうんなら、こういうのが文字通りの意味での保守のような気もする。自分の社会の価値を信じてそれを強化しろといってるわけだから。

じゃあ今までの保守ってなんだったのかということになるんだけど――ただ「反共」の名の下に集まった烏合の衆だったということなんでしょうか。そして保守的な若者が彼らを尊敬するのも「反共」ゆえになんでしょうね。

*【3/19 08:09追記】でも、これは「右翼」の発想ではありますよね。日本は弱者だ、という。でも「男性差別」はさすがにないでしょう……。
posted by 甲虫1 at 2010年03月18日 22:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月17日

現実はもっとひどいかも

『サルまん』のアレを原作者自身がネットで公開。

これ、最初に読んだときから(残念ながらリアルタイムではないが)なんかおかしいというかずれてると思ったんだけど……。

でもまあギャグって正しいことが目的じゃないからね。

サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 上巻 (BIG SPIRITS COMICS)

サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 上巻 (BIG SPIRITS COMICS)

  • 作者: 相原 コージ
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2006/08/28
  • メディア: コミック


サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 下巻 (BIG SPIRITS COMICS)

サルまん サルでも描けるまんが教室 21世紀愛蔵版 下巻 (BIG SPIRITS COMICS)

  • 作者: 相原 コージ
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2006/08/28
  • メディア: コミック


posted by 甲虫1 at 2010年03月17日 22:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月16日

オタクと21世紀





オタクって70年代の「よい子」なんだよね。
「左翼」ではなく「不良」でもない、という(この二つの交点にカウンターカルチャーがあるわけです)。

でも、80年代初めに性の商品化というか商業化がオーバーグラウンドに達する*、つまり女性やセクシャルマイノリティを主体的に巻き込むようになると(受動的革命ってやつですね)、生身の性的関係を、実際はともかく「趣味」としては回避しているオタクのほうが逆に異端者になるわけ。

だから80年代半ばから96年の『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットまでの間って、オタク的には暗黒時代ということになるんじゃないのかな? もちろんゲームとかがメジャーになったのはそのころだし、優れた作品やムーブメントもあったんだろうけど、社会との関係においてはね。

オタクと「ネット右翼」って、政治主張とは違った部分で似ているところがあるんじゃないかとも思う。それはどちらも「関係ない」とか「放っといてもらう」ということが有利に働く存在だということ。「自由」が好きなんですね。なんというか「負い目のなさ」に固執している感じがある。けど、自分の存在が適法か否かということにはあまりこだわってなくて、そこがマイノリティ一般とは違う。また、マイノリティにとっては無視されることが危険なことなのに、彼らにとってはそうじゃないということもある。



あと、未成年のセックスがタブー視されるようになってきたっていうことは、野生動物を狩ることが残酷なことだとされるようになったこと(イルカ・クジラが目立つけど、それだけじゃない)と並行していると思う。
これも時代と場所が特定される「歴史」的な問題なのであって、一般的によいとか悪いとかは言えない。
それは確かに明らかにマズい事態に対する手当てとしては正当な部分もあるんだけど、逆にそれ自体がおかしな観念になってしまっているきらいもある――ていうか、「自己決定」と「保護」(パターナリズム!)を混同してるんだよな、これ。お前は何様なんだ、という。でも、動物と殺しあうことで自分は動物と「対等」な立場に立っているんだ(上から目線じゃないぞ、という意味)、みたいなことをのたまう人たちもどうかと思うんだよね……。


*(『若者殺しの時代』とかいう本があったような。読んでないけど……)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

若者殺しの時代 (講談社現代新書)

  • 作者: 堀井 憲一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/04/19
  • メディア: 新書



posted by 甲虫1 at 2010年03月16日 22:35 | Comment(2) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月12日

「子供がかわいそう」

あれだ、「弱者利権」という言葉に僕が感じる不快感は、「反スターリン主義」の乱用にいらだつのと同じようなものだと気づいた。

「弱者利権」というのは、同種の「弱者」カテゴリー内部の搾取なのであって、「外」の人がその犠牲になるというのはあまり考えられないのではないか。

「社会主義国の国民」や「共産主義者」が「スターリン」と戦わねばならぬというのは確かだ。
でも、そうでないあなたが「スターリン」たちと戦っても、それは単なる力と力の争い、権力や物の奪い合いに過ぎないはずなのだ。

これ、他でも似たような話がいくらでもある。
たとえば「子供がかわいそう」っていう言い回しがそうだと思うのだが……。
posted by 甲虫1 at 2010年03月12日 08:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2010年03月09日

東京都条例の改正案の話

これが一番わかりやすい?

ダメなのは「健全育成」なる発想そのものだということがよくわかる。情報を遮断すればだまされやすくなるだけでしょ普通。

でもこういう認識は一般に受け入れられやすいものではないのが困るところ。

【追記 3/10 7:45】
なんか回りくどい書き方をしてしまったが、僕の言いたかったのは↓のようなことです。メディアの力は恐ろしいものなのかもしれないけど、それは常に生身の人間を通して働く間接的なものなわけであって、まずそこを見なければどうしようもない。
実在児童の問題でもっとも大きな問題は、親による虐待なのだが、「ロリコンの若者」や「エロマンガ」に罪をおっかぶせてしまえば、親による虐待が覆い隠される可能性がある。 #ac954 #hijitsuzai
Twitter / 赤木智弘
posted by 甲虫1 at 2010年03月09日 22:19 | Comment(6) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。