2009年06月23日

冷し中華ではなく

なんじゃそりゃ、と思ったけど、考えてみればTwitter って単なる短文ブログじゃなくて、RSSリーダーみたいに情報がむこうから集まってくるような面もあるわけね(Follow っていうの?)。

こうやっていろんな事業者がTwitter を使うようになるのかな? (というか、なぜ僕は自分は使わないと決めているのか?)。


Twitterの本

Twitterの本

  • 作者: 関根 元和
  • 出版社/メーカー: インプレスジャパン
  • 発売日: 2009/02/26
  • メディア: 単行本



タグ:web twitter Seesaa
posted by 甲虫1 at 2009年06月23日 21:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月22日

社会主義と共産主義

小泉義之氏自身による、デュルケムの社会主義と共産主義との区別の解説。
(「森永博雄のブックマーク」経由)。

あまりの単純明瞭さに唖然とする。
生産を共同化するのが「社会主義」であり、消費を共同化するのが「共産主義」なのだという。
デュルケムの見るところ、「国家から与えられる給費、公的扶助および救済の制度」は社会主義的なものではない(27)。そうではなくて、それらはむしろ社会主義に併合された共産主義的な傾向なのである。
これは、社会保障は「生産」の側には合理的根拠がない、という意味なんだろうか。

しかし、社会保障のようなありふれたものでさえ共産主義なのなら、それはもうすでにいたるところにあるということになるだろう。

森永さんも言っているとおり、マルクス主義だけを見ていてはこういう話にはならないのであるが、さて、これは……。
タグ:社会
posted by 甲虫1 at 2009年06月22日 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月20日

去勢の主

佐藤亜紀氏との論争にも絡む「変態紳士」問題。

この「変態紳士」の皆さん(僕もその中に含まれるのか?)をどうしたらいいのか、というのが、一連の「表現規制」云々の中でももっとも大事なところだろう。

ひとつ注意すべきは、ここで言われている「去勢」が、ラカン派のそれとは微妙に違っていること。
というか、ここには“父”が出てこない。一体みんな誰に「去勢」されているのかということになってくる。

高踏的・文学的な議論に見えるかもしれないが、もともとこれは政治的な情況論が語られているものだと思った方が良いということだろう。
posted by 甲虫1 at 2009年06月20日 21:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月13日

負債の存在を許さない

gerling 2009/06/12 00:52
[前略]
隅をつつくようなことを書きますが、許され得ない、ということまだ、一方が一方に負債があって、同等の水準ではないということです。そういうふうにまず社会的なこと以前のことがらで女性を奪われた存在だとはじめから決め付けて表現することじたいが逆説的に「構造的性差別」ではないんでしょうか?
「レイプレイ」と言論の自由 - モジモジ君の日記。みたいな。」(コメント欄)
正しいか間違っているかと言うより、典型的な発言だと思うのでメモ。
しかし、このgerling氏と、ブログ主のmojimoji氏って、ほんと両極端な論客ですよね。
タグ:自由
posted by 甲虫1 at 2009年06月13日 22:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

表現の自由の正しい目的?

――などと書いていたら、こんなのをみつけた。
人は、各人それぞれ「神」を抱いています。権威と言い換えてもいいでしょう。天皇も多くの人々にとって今なお「神」です。だからこそ、批判者・風刺者には、脅迫だけでなく直接的暴力が向けられます。結果、批判的言論は、ほとんど社会から消えているのが実際です。天皇制を一番直接支えているのは、実はその部分です。ですから、ここを肯定してしまうと、未来永劫天皇制などなくなりません。
ちぇいるさらむ - tari-G - はてなハイク

つまり、

表現の自由を絶対不可侵なものとして確立する→天皇に対する批判・風刺が可能になる→天皇制が廃止できる

というような構想らしい。
むむむ。
posted by 甲虫1 at 2009年06月13日 13:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

自由と法と事実

*昨日書いた。
upする必要はないかな、と思ったのだが、モヤモヤするので載せておく。
僕は、なにかというと「疑似科学批判」を持ち出す人を信じない。
それは、「疑似科学批判」そのものが正しいか間違っているかということとは、まったく関係が無い。


「レイプレイ」と言論の自由 - モジモジ君の日記。みたいな。」「「レイプレイ」と言論の自由、その2 - モジモジ君の日記。みたいな。」「「レイプレイ」と言論の自由、その3 - モジモジ君の日記。みたいな。」について。
少なくとも、ここまで叩かれるほどヒドイ内容ではない。ブコメで、表現の自由がわかっていないと彼を罵倒するのであれば、きちんとしたエントリーをたてて、みずからの見解をあきらかにすべきだ(でないと批判する者がわかっているのかわかっていないのかも、わからない。[以下略]
自分は陵辱表現のこれ以上の規制には反対だが、モジモジさんはヒドイとは思わない。 - いしけりあそび〜ふなうた
この辺、ずっと気になってたんですけどね。こないだ書いたのは、実はこのこと。社会科学って、特に実体のある対象を持たないわけで、歴史学みたいに一次資料が重要ってもんじゃなくて、つまりそれは、一種の蓄積された「知恵」のようなものであるわけでしょ? そういう学問の性質が解ってないっていうのは、かなり……。

あと、mojimoji氏の言ってることって、自由原理主義者にとっては許し難いことなんでしょうね。しかし他人に文句を言われないってのは二種類の、時に相反する意味があるわけです。それを混同したままで幸せなら、それでいいんじゃないですか(って、これ、僕自身の実生活のことでもあるんだけど……)。
posted by 甲虫1 at 2009年06月13日 12:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月11日

「オタクのコード」は合理的である

僕は「オタクのコード」に従う人について「ある程度の知識や自意識を持った人を日本の社会がそういうところに追い詰めている」と言った。でも、いかにしてそうなるのかは考えなかった。

しかし、考えてみれば、今回の騒動そのものが、そのシステムの働きの好例だったのだ。

まず、法律(立法?)的には、アダルトゲームが「差別的表象」であるかないか、などという問題は徹底的に無視するのが戦略的に正しいようだ。

さらに、一部フェミニストやセクシャルマイノリティ運動家は、性嗜好においてマイノリティであるとも考えられる「エロゲオタ」たちを守ろうとするだろう。たとえ「オタ」たちがどんな罵声を浴びせてこようとも、である。「弱者」は守られなければならない、という大義によって。

つまり、あの「不謹慎」な態度こそ、もっとも「合理的」なのだ。

――なんかモヤモヤする!

(気が向いたらリンクとか張ります)
タグ:オタク
posted by 甲虫1 at 2009年06月11日 08:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月09日

おつかれさまでした。

おつかれさまでした、がんばってください、としか言えないな、これは……。

けっきょく、混乱は「オタクのコード」のせいだ、ということか。
でもそのコードが出来たのには「M事件」はあまり関係ないだろう。M氏自身は実際には大してオタクじゃなかったのだから、スケープゴートにオタクがなったのは、すでにそういう構造が在ったからだ――というか、むしろそういう構造が「オタク」を作ったと言ったほうが正確だろう。それは主体的な決断の問題じゃない。「オタクのコード」は、オタク自身も縛るコードなんで、それに忠誠を誓ってもいいことなんか無いんじゃないのかと思う。

まあ、とにかく。

おつかれさまでした。

がんばってください。
posted by 甲虫1 at 2009年06月09日 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月08日

性と法を巡る現在

しかし、ほんとに『デビルマン』(原作)の世界だよね。

もちろん、われわれのいる現在と『デビルマン』の時代のあいだにはくっきり地層の断絶があるわけだけど(映像化が失敗するのはそのせいだと思う)あの作品はその断絶そのものを描いたとも言えるし、現在でもその断絶を抱え込んでいる人がいる、しかもそれは構造的に生み出されてる、ということ。

ちなみに『デビルマン』は、加筆・修正・再編集された現行版ではなく、オリジナル版を読むと良いと思う。Amazonのレビューを信じれば、いま新本で手に入る『デビルマン 愛蔵版 (KCデラックス) 』というのはオリジナル版らしい。ただ、僕の読んだ「完全復刻版」というやつでは、一ヶ所ページの順序が入れ替わっていた(乱丁とかではなく)。でもこれはもともとのオリジナルでも同じなのだろうか。この『愛蔵版』でそれが直っているかどうかは不明。

デビルマン 愛蔵版 (KCデラックス)
永井 豪 ダイナミック・プロ
講談社

posted by 甲虫1 at 2009年06月08日 21:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

現代の出家

オタクのコード*1においては、「kanonへのコミットメントを表明するためにことさら他人の尊厳を足蹴」にすることは政治的に正しいわけです。「三次元よりも二次元」と言うことが政治的に正しいのと同様に。[中略]要はオレはオタクとして高い等級に位置するから崇め奉ってくださいという表明であって、わざわざ公言する必要がなかったことなどではなくて、むしろ公言せずにはいられなかったということになります。
公言することに意味がある - 過ぎ去ろうとしない過去
いや、これ、狭義のオタクだけの問題じゃないですよね。もちろんタレントや政治家だったらこんなこと言わないでしょうけど、「闘わないことが闘い」の世代――いわゆる新人類世代のインテリだったらこういうこと言いそうな人はたくさんいるでしょう。そしてオタクって、80年代的なものを伝統芸能みたいなものとして保存している人たちなわけでしょ?

そしてこれは、ある程度の知識や自意識を持った人を日本の社会がそういうところに追い詰めているのであって、決して意識や趣味の問題ではないはず。

あれだ、昔の権力者の跡継ぎ争いに負けた人が坊さんになったりするようなもんでしょ?

あ、そういえば前にこういうものを書いたっけ。
タグ:オタク
posted by 甲虫1 at 2009年06月08日 18:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月02日

自由と自由の対立について

日本で激しい公務員バッシングが生まれる理由|すくらむ」を紹介した「甲虫ブログ: 開発主義国家は福祉国家ではない」に対するブックマークコメント。
horai551 日本, 政治, 社会 うーん…、この辺かなあhttp://b.hatena.ne.jp/entry/http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay_501251.html http://d.hatena.ne.jp/zarudora/20060427 2009/06/02
はてなブックマーク - horai551 のブックマーク
――と言われて気づいたのは、新自由主義っていうか自己責任の世界では、小さい共同体の拘束力が増すんじゃないか、っていうこと。ていうか、今までの日本って、要するにこれでしょう。

逆に福祉国家だったりすると、個人主義が栄えるんじゃないでしょうか。
絶対的自由主義の社会は、福祉国家じゃなきゃ成立しないんですよきっと! そうだったのかー!

――あれ?
posted by 甲虫1 at 2009年06月02日 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2009年06月01日

開発主義国家は福祉国家ではない

「新福祉国家論」の後藤道夫氏の講演の要約。
この後藤氏という人は知らなかったけど、僕は間接的にこの人の影響を受けているのだろう。

“共同体”と“自由”を対立させ後者を取るというアクションが、実は共同体なんかなかった日本社会をますますスカスカにしていく(つまりそれは倫理的な決断などではない!)、というのが僕が最近ずっと考えていることだけど、ここで言われているのはそれと同じようなことだ。

とりあえず、《これまでの日本において、「福祉国家」が存在したことはありません》という断言を引用しておこう。
posted by 甲虫1 at 2009年06月01日 18:52 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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