2008年09月23日

タメニスル人たち

それこそ問題と私は思うが、それは「ライブラリアンが汗をかけ」という話ではない。職掌を外れた率先負担を説いていると故意に解する人があることは了解しました。

「公共」というキルトは「世界の選択」を包摂しない - 地を這う難破船

!。
「故意に解する人があることは了解しました」!。
この「地を這う難破船」の筆者氏は、あらゆることに留保をつける慎重な文体で知られている。その人をしてこういうことを言わせてしまう一部はてなダイアラー&ブックマーカー……!

でもこういうことが、あくまで「言論」とか「議論」の内に留まるのもはてなの面白い(というかすごい)ところ。

タグ:はてな
posted by 甲虫1 at 2008年09月23日 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月20日

驚く。

自分の弟が“舞城王太郎”だったと気づいたらどうします?
いや、小説家でも、売れてるわけでもないんですがね。
(そういえば、舞城氏と弟は歳が同じだった……。うーん……)。




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posted by 甲虫1 at 2008年09月20日 22:37 | Comment(1) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月19日

世間

いまごろ気づいたんですが、“世間”って、共同体の外って意味ですよね。なるほど……。
posted by 甲虫1 at 2008年09月19日 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月15日

貧乏が悪な話

えーっと、“ホームレスの人は働いている”っていうことは、もっと強調されたほうがいいかもしれませんね。

***        


“金持ちの家の子が働いてなくてもニートやひきこもりほど非難されないのはなぜか”ということが言われたりもしますが、要は“働かない”ことではなく“お金がない”ことが怒りや批判の対象になっている、ということなんだと思います。

“お金がない”ということで第三者からも責められるなんて不条理でひどいことなんですけど、そういう感情は、もしかしたらなにか原初的なものとして誰でも持ってるかもしれないとも思います。ただ、マトモな論理や道徳では、それをけっして肯定できない。だから“お金がないのは働いていないからだ”っていう認識でごまかしちゃうんでしょう、たとえそれが事実に反していても。

で、ネオリベです。われわれがいま生きているハンパに“自由”な社会は、こういう“こんな人が自分の父親(または夫、息子)だったらどうしよう!”というような、二者関係をむやみに投影することで生まれてくる感情を、差別したり抑圧したりせず、しっかり尊重してくれます。それがいいとか悪いとかはいろいろあるでしょうが、僕が関心があるのは、これがほんとうに近年になって現れた変化なのか、実は前からそうなのではないか、ということであり、またこれが、ほんとうに“下から”の、つまり私的な感情の問題なのか、そうではなく社会構造が個人に強いるものだったり、あるいは逆にそれを利用することである種の権力がようやく成り立つようなものだったりしないか、ということなのですが……。
posted by 甲虫1 at 2008年09月15日 21:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月08日

ポストモダンを卒業する話

やっぱり、公開のところでなにか書くのは難しいものだ。特に対象がWeb上にいる場合。

反応が帰ってくるのを覚悟しなければならないし、相手がこちらを既に意識しているのではないかと疑心暗鬼に陥ったり、逆に無用に傷つけたりしないか(してないか)などと心配になったりとかするわけだ。

なので、直接になにかを書くことは、きちんと納得のいく内容がまとまったと思われるとき(この判断は、ほとんど常に間違っているわけだが……)か、ついカッとなって勢いがついたときしかできない。だから、今はなにも書けない。

でもなんとなくくやしいので、キーになるようなことを書いておくことにする。

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僕は浅田彰の本は、この本を最初に読んだ。なので、ずっと後になって読んだ『構造と力』も、ポストモダン礼賛の本だとは思わなかった。あれは70年代に流行った反近代革命論に対する批判がメインの本だろう。なので、浅田彰というか「ニューアカ」を「卒業」する必要を僕は感じない。というか「卒業」したと信じているものがむしろ浅田の呪縛から逃れられていないのだ――

ほら、ちょっときな臭くなってきた! ということで、本日はこれまで。
posted by 甲虫1 at 2008年09月08日 23:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月06日

砕氷船は進む

hokusyu氏のブックマークでこの言葉を知る。なにこれ? 一瞬信じちゃったよ! 

まあレーニン主義というのはこういうもんだというのは感覚としてわかるんだけど(帝国主義戦争から革命へ、だっけ?)、「ドイツと日本を暴走させよ!」とかは出来すぎだと思う。

だいたい、この発言があったとされる第七回コミンテルン大会は、「人民戦線」戦術への転換があった大会として知られている。それまで敵とされてきた社民やリベラルと手を結んでファシズムに抵抗するのが人民戦線なのだから、この「砕氷船理論」とは方向性が逆だと思うんだけど……。

というか、体制に抵抗すればサヨク、協力すれば「砕氷船理論」に従ったサヨク――っていうことになるわけで、これじゃ魔女裁判だ。

なんでこんなことになるのかといえば、戦前の(ファシズム期の、というのだろうか。この時期の呼び方って特にないですよね?)体制と今の体制の連続性について、いわゆる保守や右翼がすっきりとした見解を持ってないからだと思う。あの戦争に勝っていれば日本と世界はもっと良くなっていた! という主張をする人はほとんどいない(実質上できない)わけで、それでも戦前の体制を擁護できる方法があるとすれば、戦争そのものを誰かの陰謀に仕立て上げるしかない……というあんばいだろう。

つくづく思うのだけど、ここまで大きな規模の話(世界史レベル)になると、中途半端に誰かの「意図」を問題にすべきではない。前に、左翼には「他者」がいない、だけどそれが左翼の良さなのだ、というようなことを書いたけど、そういう意味において、人は左翼になるべきなのだ。

【関連】
タグ:左翼 歴史
posted by 甲虫1 at 2008年09月06日 22:53 | Comment(4) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年09月03日

バラマキ嫌い


タイトルどおりの記事。言及されている東浩紀氏のブログの記事は、僕も読んであーあと思った。社民党民主党のバラマキ路線にもうんざり、とかいうが、たとえば二大政党制をまともに機能させるためだけにでも社民党民主党が本来の意味の社民主義政党になってもらわないと困るわけで、いろんな人がそのための努力をしていると思うのだが……(宮台真司氏とか)。
なんか、ほんとはこの辺に、日本特有の事情とかも絡んできそうなのだが(過度に自由主義であるがゆえに社会の側にそれへの防衛機構ができあがっちゃてて、それが「最も成功した『社会主義』国家」とか言われちゃうとか)むつかしい話になりそうなのでこのへんで。

※書いててなんか変だなーと思ってたんですが、もちろん上の「社民党」は「民主党」のことですので訂正します。(9/4 19:06ごろ)


posted by 甲虫1 at 2008年09月03日 22:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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