2008年05月30日

苺恵比須について

僕もずっと七福神の「えびす」だとおもってましたよ!
「びびえす」とか、日本語としてありえないじゃないですか!

商売の神様の名を経済学の掲示板につけるなんてしゃれてるなとか、イチゴと恵比須さまの鯛が両方とも赤でいい取り合わせだな、とか思ってた日々を返してください!

ところでこれはなんの話でしょう。

【参考】
落ち穂拾い - Apes! Not Monkeys! はてな別館[コメント欄]

[追記]
そういえば僕は、今にいたるまでそのなんとかBBSを見に行ったことがない……。
タグ:言葉
posted by 甲虫1 at 2008年05月30日 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月25日

さらにさらににっき

昨日書いたトリアージ云々を巡る騒動について。:
[引用者註―元記事に「被害者意識の恨み節」があるせいで反発を招いたのではないか、としたうえで]
逆にそういう恨み節がこもってるせいで、同じ被害者意識を共有する人にとっては感情的な一体感も喚起して「そうだそうだ!」的方向に走らせ易く、例えばトリアージを理解できない人への叩き行動へと向かわせたりとか。[以下略-引用者]
トリアージの件 - raurublock on Hatena
http://d.hatena.ne.jp/raurublock/20080524/1211597611
あー、非常によくわかります。
◆で、その件で、僕が昨日の記事で何を言ってるのかと言えば、トリアージでも資源配分でもなんでもいいけど、それを一人で勝手にやっちゃいかんだろ、ということです(誰もそんなこと肯定していない、とか言われそうですが、あくまで昨日の僕の記事の主張はそうだった、ということで)。その配分の内容が「正しい」とか「正しくない」とか以前の問題としてです。
たとえば全体のために部分を犠牲にすることが仕方がない場合があったとしても、ならば、切り捨てられる部分と「全体」とが元は一体の物だったんだ、ということを双方がはっきり意識していなければならない。そうでなければ単なる弱肉強食で終わってしまう。
なんか靖国神社とかが出てきそうな流れですが、またたしかに僕もあれはまずいと思うわけですが、そういうのに反発して餓死する自由もあるとかなんとか言うことがぜんぜん抵抗にならない、ってことが問題なわけで。
◆ぜんぜんまとまらない。直し始めるとだめですね。まあ、今日のところはこんなもので。
posted by 甲虫1 at 2008年05月25日 22:19 | Comment(0) | TrackBack(1) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月24日

さらににっき

ここら辺(はてなブックマーク - ケーキを売ればいいのに - 福耳コラム)関連。
葛藤がないね - 思いて学ばざれば」(続篇は「葛藤がないね その2 - 思いて学ばざれば」。)でのまとめを先に読んで納得してしまっているので、僕の見解は偏見に満ちているとは思うが……。
◆リフレ派の人とかにも思うのだが、社会のリソースは一定だから犠牲もやむをえない、とか言ってる人って、「契約」とか「約束」みたいなことをどう考えているんだろうか。
◆現状を何とかするためには、たとえルール違反でもやむをえないということはあると思う。でも、たとえば、独断でそれをやって、後でとがめられたら「そのほうがみんなのためになると思った」とかいうやつが出てきたら?
◆やたらと「トリアージ」などを持ち出すこういう論理に対して、戦争や軍隊の影を見る人もいるようだが(「「かわいそうなぞう」はなぜ「かわいそう」か - 過ぎ去ろうとしない過去」)、上に挙げたまとめを書いたmujin氏は軍オタのようだ(※)。むしろ、こういう発想の人と一緒に戦争はできないです、というべきでは?
◆時間切れ。取りあえず送信。

※mujin氏は軍オタではなかったです。http://d.hatena.ne.jp/mujin/20080524/p2の末尾およびコメント欄を参照。mujinさん、たいへん失礼しました。
posted by 甲虫1 at 2008年05月24日 10:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月23日

にっきのつづき

◆繰り返しになるが、内容とか文脈とか、あまり理解していない。
◆「藁人形叩き」とか言ってる人がいて、それが稲葉さんなのがなんとも……。
「モジモジ君の日記」の前の記事の【追記】にあるけど、要するに疑似科学批判は、生臭い政治や社会とは切り離されたイノセントな領域だということになっている。
そこから「バカ」だの「左翼」を批判し始めるようになると、あれ? どっかで見たような……。ということになると思うのだが。
そういう意味では、そもそも疑似科学批判自体が、一種の藁人形というか、身代わりの術の丸太みたいな機能をさせられてるんじゃないんですか?
◆自分の藁人形が叩かれていたら「痛い」ととりあえず感じておいたほうがいいと思う。でもきっとそうじゃなくて「かわいそう」とか思うんだろうな、と思う。(追記。このフレーズ盗作っぽいな。でもオリジナルが思い出せない……)。
◆わかっていない、と自分でいう人間が書くことではないとは思う。でも、この辺のわだかまりというのは、なかなか消える物ではない。(「左翼」を憎んでいる人の気持ちがこうかもしれないな、とは思うけど……。)
posted by 甲虫1 at 2008年05月23日 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月22日

にっき

日記です。
  1. Seesaaからのお知らせ: Seesaaブログ、機能強化と新機能追加のお知らせ
    http://info.seesaa.net/article/97513939.html
再構築が自動化され、「次の○件」の記事を表示させることができるようになった。
これでようやくSeesaaも世間並みのブログに……(でも、このせいで重くなったら元も子もないんだけど)。

  1. 十字軍はバカに勝てるか - モジモジ君の日記。みたいな。
    http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080522/p1
内容がまだいまいちつかめないが、重要なのは間違いなし。死者と子供を持ち出すのはずるい、というのも大事。

僕は前から、Apeman氏が、(氏のやっている)歴史修正主義批判と疑似科学批判とを同一視することに違和感を持っていたので、その点をはっきりさせるような動きは歓迎。
タグ:Seesaa
posted by 甲虫1 at 2008年05月22日 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月19日

正書法について

「メモ」と書いてある文章につっこむのはなんだが、ここには正書法というものについてのもう一つの側面が忘れ去られている。引用されている鈴木芳樹氏のブログの記事(http://d.hatena.ne.jp/yskszk/20080430#p2)にも、おなじことが言える。

正書法で大事なことは、単語とつづりとの一対一の関係が保たれている、ということだろう。だから現在の日本語には正書法がないとも言える。

ひとつの単語をさまざまなしかたで書き表せるということは、まず一つには、それをいつ誰が書いたのか、ということがわかってしまう、それが問題にされてしまう、ということだ(人によって、時代によって文字使いが違うとしたら)。

また、発音すれば同じ単語を文字によって区別するということが可能になってしまう。

つまり、正書法というものには「文字」が生み出す混乱や、ある種の「利権」(読書階級の、あるいは晴眼者の)を抑制するという意味があるのだ。

これを無視して「自由に綴ればよい」というのは、あまりにものんきな発想ではないだろうか。

反=日本語論 (ちくま文庫)
蓮實 重彦
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2008年05月15日

なぜ左翼は存在自体が害悪なのか

このあいだ紹介した、すなふきん氏の謎のたとえ話(椅子取りゲームとしての生活保護申請 - すなふきんの雑感日記)へのブクマコメント。:
2008年05月13日 rna 福祉, 経済 そんな餓死寸前の人だけが生活保護受けてるわけじゃないから当面は薄く広く支給すればいい話。被保護人員も予算も毎年増えてるからそこまで極端なゼロサムじゃない。そうなる前にリフレやらなきゃって事なら賛成だが
はてなブックマーク - 児童拳銃 - rna のブックマーク / 2008年05月13日
http://b.hatena.ne.jp/rna/20080513#bookmark-8562278
この「餓死寸前の人」云々というのがポイントだと気づいた。リフレ派の謎の論理についての、である。

このたとえ話(というか、支援活動に対する一連の批判)が不思議なのは、「怒り」がベースになっていることだ。愚か者(無駄を無駄とわからないのは愚かだろう)に対する攻撃が、なぜ嘲笑ではなく非難なのか。

その答えが「餓死寸前の人」というイメージにあるのではないか。このイメージは、「たとえ話」だから出てきたわけではないと思う。つまり、批判者の頭の中にある世界のイメージが、可能なリソースをいっぱいいっぱいに使ってその成員をやっと支えている、といったものだったとしたらどうか。

そのような世界で、何らかの改革や変革を行おうとすることは、それじたい許されない悪だ。その世界では、多くの人々は、たった一本の不確かな紐帯で生存を確保しているに過ぎない。そのなかで何かを「変える」ことは、多くの人の死をそのまま意味してしまうのだ。
posted by 甲虫1 at 2008年05月15日 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月13日

昔読んだ本―『フォー・ビギナーズ・シリーズ 12 全学連(日本オリジナル版)』

何か更新したかったので貼っておく。
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なお、書影は版元のサイトにあった。
まあ、非常に好き嫌いの分かれるタイプの本ですね(特にイラストが)。
タグ:全学連
posted by 甲虫1 at 2008年05月13日 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月12日

ゼロサムゲームと感情の勘定


……。
何コレ? 「ゼロサム」がキーワードですかね。

あと、長くなりそうなので今はちゃんと書けないけど、こういう考えかたってなんというかいくつかの意味で「ひきこもり」的だなとだんだん感じられてきた。

サンプルが自分しかないのでアレだが、ひきこもり者というのは、いつも計算している人間であるような気がする。たえず「勘定が合う」かどうか気にしているような気がするのだ。

ただ、その「勘定」というのは、普通の意味の損得とはちょっと違っている。前に内田樹が「不快という貨幣」とかいう文章をブログに書いてずいぶん叩かれたけど、なんかちょうどそんな感じだ。

この「勘定」は生きるうえで役に立たない。むしろ人を不自由にし、本人をを苦しめることの方が多い。だけど、なぜかそれにこだわってしまう人間がいる、としか言いようがない。

そして、個人のものとしてはマイノリティーや被差別者のものであるような思考法や性向が、集団や組織のものになると極めて抑圧的な力を持ってしまう、というのはいくらでもあることである。
posted by 甲虫1 at 2008年05月12日 22:08 | Comment(0) | TrackBack(2) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月10日

経済学原理主義

昨日の記事(甲虫ブログ: YATSUATARI !)に、rnaさんからお返事をいただいた。「細かいニュアンスは別にすればYATSUATARIでOK」(児童拳銃 - rna のブックマーク / 2008年05月10日)とのこと。どうもありがとうございます。というか、僕もrnaさんに「YATSUATARI」したようにも考えられるな、これは。

でも、僕はリフレ派は左翼だと思ってるし(よい意味で)、基本的には正しいんだろうとは思ってるんだけど(なんでお前の趣味に合うことが正しいと言えるのか、と言われるかもしれないけど)、それがなぜあんなふうに経済学原理主義みたいなことになってしまっているのだろうか。

まあ「自称中立」の罠に落ちた、と言ってしまえばそれまでなんだけど……。

posted by 甲虫1 at 2008年05月10日 21:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月09日

YATSUATARI !

前の記事で紹介した治療法 - 2008-05-06 - kom’s logに対するrna氏のブクマコメント。
2008年05月07日 rna referer, 経済, 福祉 同意。この件はリフレ派がアテンション市場で負けてるのに焦って誤爆してるように見える。そんなこと言うくらいなら日銀総裁を暗殺しときゃよかったんだよ。リフレ派が就任するまで何度でも。(半分マジ)

はてなブックマーク - 児童拳銃 - rna のブックマーク / 2008年05月07日
http://b.hatena.ne.jp/rna/20080507#bookmark-8496105
読んだあとなんか違和感があったんだけど、やっとなんだかわかった。

あれは「誤爆」とは違うような気がするのだ。

たとえば、アルカイダのテロの「報復」にイラクを爆撃するのを誤爆とは言わないと思う。

じゃあなんだ、ってことになるんだけど……。
posted by 甲虫1 at 2008年05月09日 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月07日

誤解を解く

僕がへたくそかついいかげんに書いたことを、もっと理論的・実証的に書かれている。激しく同意、という感じ。
posted by 甲虫1 at 2008年05月07日 22:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月06日

でも、社会に「外」はない

またしてもここここ関係。

もうわかった、と思って見てなかったら「児童拳銃 - rna のブックマーク」でブクマされていて、なにごとかと思えば、コメント欄でブログ主氏(すなふきん氏)と「一読者」氏の議論が続いていたのだった。

僕としては、「一読者」氏に僕の言いたいことを代わりに言ってもらった(僕が能力不足のせいで言えないことも含めて)という感じで、それでおしまいなのだが……。

すなふきん氏は学者や専門家ではないので、自分の主観や感情を立場や学問的精確さにとらわれずに率直に出せるのだと思う。それがあれなんだと思う。
一つ前の記事でもちょっと触れたけど、ネット上のリフレ派を経済学ではなく「論壇」的に見ると、《宝島系》というか新左翼崩れのサブカル保守みたいなとこに収まるんだと思う。

もともと《リベラル》とか《自由主義》、あと《個人主義》ってのは共産主義から見れば《右》だった。一部の新左翼っぽい人が《右翼》に寛容なのは《自由》がある意味はじめから《右》のものだからともいえると思う。

結局そもそもの動機が左翼の道徳的脅迫に対する防衛なのなら、話がかみ合わないのも無理はない。左翼が《みんな》でやろうとするようなことは、個人と制度でカバーできるようなことにすぎないはずだ、という切実な《希望》……。

すなふきん氏も引用元の人もニートやひきこもりに対して共感をもってるような風なのが微妙だ。外的な定義であるニートはともかく、ひきこもりというのは、閉じこもっていても《みんな》から逃れられないような人間であるのに!
posted by 甲虫1 at 2008年05月06日 22:42 | Comment(2) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

「ニート論壇」、あるいは敵によってその人を知る。

これこれ関係で。:タイトルどおり「ニート論壇」という言葉を巡るリンク集。
正直言って気分が悪くなるのでリンク先を全部は見てはいない。

作成者のumeten氏は追記で「どうも「惑星」がらみのヒットが多くて、ほとんど「惑星」用語なんじゃないかという気がしてきた。」と書いているが、この「惑星」とは宇野常寛氏主宰のサイト『惑星開発委員会』のこと。
でもストレートに見ると、これは「リフレ派」用語だろう。

まあ論壇史的に見れば両者は非常に近い所にいる存在だとは思う。
posted by 甲虫1 at 2008年05月06日 17:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月04日

「落とし穴」を避ける。

このあいだとりあげた、「共生と連帯」を批判するブログ記事のコメント欄の、ブログ主氏の書き込み。:
sunafukin99 2008/05/03 19:51
>一読者さん
どうやら貴方のご意見について大きな誤解をしていたようで、確かにそれはその通りで正論だと思います。ただ最も大事なマクロの運営がうまくいかないからといって政府の責任を放棄し、個人や共同体に丸投げするというあり方が実は問題であって、日本の「連帯や共生」派の人たちがそのへんを自覚しているのかどうか?とか、そこに落とし穴がないかという問題意識はあっていいと思います。

「市民」「共生」幻想の危うさ - すなふきんの雑感日記[コメント欄]
http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20080501/1209595779#c1209811872
……。
「一読者さん」の意見に対してだけではなく、そもそもこの記事そのものが「反貧困NPO」に対する大きな誤解に基づいていると思うのだが……。

僕だってよく知っているわけではないが、少なくともそれが「政府の責任を放棄し、個人や共同体に丸投げする」ことを奨励しているなどと思っているのはブログ主氏とその引用もとの方ぐらいではないだろうか。

たしかに、それまで行政の仕事だと考えられていたことを市民のボランティアが肩代わりすることによって政府の「おせっかい」を廃し自由な社会を作ろう、といった発想が80年代後半から90年代にかけて非常にもてはやされたし、それが結局は「無責任でいい政府」を正当化することを許してしまったことは事実だと思うが、ブログ主氏が「反貧困」運動をそれと同一視する根拠はなんなのか。

もちろん、貧困という問題を前にして、それに対して何もできない自分を正当化するために、一切の努力は無駄だと考える方が楽だというのは心情的にはすごく理解できるのだが……(特に精神的に弱っている時には)。

とりあえず、極めて80年代的な議論だな、とは思う。
posted by 甲虫1 at 2008年05月04日 21:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月03日

日本は古来から「自由」の国(たぶん、悪い意味で)

2chコピペ「【自己責任】」 - こころ世代のテンノーゲームより孫引き(曾孫引き?)。:
【自己責任】

小泉政権下で考案された、日本人のDNAにわずかに残存する「恥」の概念を悪用

した悪質な洗脳マジックワード。
: なぜ新しい〈外来思想〉であるはずの新自由主義と「日本人のDNAにわずかに残存する「恥」の概念」がこんなにも相性がよいのか。

タグ:自由
posted by 甲虫1 at 2008年05月03日 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年05月01日

無題

きのう、オタクの「ナイーブさ」について書いたが、ぜんぜん関係のないところでこんな文章をみつけた。:
経済成長に伴う余裕の増大があらゆる意味での「マイノリティ」の厚生改善に寄与してきたことは否定しようもない事実だと思う。「連帯と共生」論者の持ち出す「新たなコミュニティ社会」への参加のためにもやはりコミュニケーション能力はデフォルトのものとして要求される。さらに付け加えると、そのようなコミュニティでは異質な思想傾向を持つ人間は排除されてしまう可能性もある。

「市民」「共生」幻想の危うさ - すなふきんの雑感日記
http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20080501/1209595779

……。
オタクにしろひきこもりにしろ、こういう日本だからこそ成り立ちうる(おそらく欧米の方が「社会性の無い奴」に対して厳しいと思う)し、僕はそのなかで生まれ育ったのだから、それを否定するのは自分を否定するのと同じなのかもしれないが……。

――ほんとにこのままでいいわけ?
posted by 甲虫1 at 2008年05月01日 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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