2008年02月24日

「地図」(1)

たとえば。

1).「《ひきこもり》とは、規範が過剰に内面化されているために規範を逸脱してしまう存在である」というのは単なる事実である。
しかしそれは、《ひきこもり》を「善良な弱者」として擁護しようとしているように見えなくもない。

2).このことを敏感に「嗅ぎつける」のが《不登校》関係の人たちである。不登校論は思想的に反差別論に近い(反学校・反医療的思想)。「被差別者は善良で弱くなければならないとされていることそれ自体が差別である」という視点をあらかじめ持っているのだ。

3).しかし、一時的な、また不本意な状態であるようなひきこもりや不登校を他の被差別者と同様に扱っていいのかということが、まずひとつ問題になる。
また、このような「反差別」的な主張が、自己責任論を呼び出してしまわないか(「多様な価値観」という言葉が貧しさや不自由を正当化してしまう懸念があるように)、という問題もある。
さらに、《ひきこもり》が善良でも弱くもないのなら、そんなものに貴重なリソースを裂くのは云々、という、プリミティブな発想も根強くあるのに、そんなのんきなことが言えるのか? ということだって言えるような気もする……。


何が言いたいのかといえば、他の意見の盲点を突こうとする発想が、しばしばある種のテンプレートみたいのものに従ってるだけじゃないの? とときどき感じてしまうわけで、それをあらかじめはっきりさせておくことはできないだろうか? と思って、不十分なのは承知で書いてみた。

「ひきこもり論」と「不登校論」の対立っていうのは、僕などのようなけっして詳しくない人間でさえ知っているのに、そこをさらっと無視する人が多いのはなんでかな、と思うのだけれど……。
(「思想」ってのが不純なものだという考えは、あんがい一般的なものなんだということだろう)。
posted by 甲虫1 at 2008年02月24日 23:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年02月12日

万世一系

http://b.hatena.ne.jp/rna/20080211#bookmark-7455852で知る。

……いまのいままで万系一世だと思い込んでました!
とほほ……。

タグ:言葉
posted by 甲虫1 at 2008年02月12日 20:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年02月05日

自然主義(哲学における)

一本足の蛸経由で知る

自然主義というと、芸術上の自然主義(≒リアリズム)をまず一番に連想するが、これはそれとは違って、「人間の心、行動、道徳などに関する事柄も自然現象の一部であり、基本的には自然科学的方法によって解明可能であるとする立場」(哲学若手研究者フォーラム - 2001年度 テーマレクチャー要旨 - 野家啓一氏)のこと。

こんな便利な言葉があったのか、という思いと、こんなものがまっとうな「主義」として主張されてんのか、という意外性とに引き裂かれてしまう。

【その他の参考】
現代哲学の最前線 - 死に舞

*ちょっと訂正 2/6 20:54
タグ:哲学 科学
posted by 甲虫1 at 2008年02月05日 21:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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