2007年04月15日

基本認識―80年代から逃れるための―。

震災のときに私が痛感したのは、日本の福祉(広い意味での)が相当程度企業によって担われており、ある程度の規模以上の企業に属している人間とそうでない人間とでは後者が災害弱者になりやすい、ということでした。
http://www.haloscan.com/comments/biogon21/E20070410071507/?src=hsr#235531

Apes! Not Monkeys!-兵庫県知事、石原閣下に反論
のコメント欄の、Apeman氏自身のコメントより。

僕が《こういうこと》に気づいたのは、イラク日本人人質事件の人質バッシングのときだったろうか。

なんのことかというと、日本は、昔も今も「大きい政府」による「福祉国家」では一度もなかった、ということ。逆にいえば、日本では「国家権力」による直接の干渉や抑圧を最大の問題と考えるべきではない、ということ。

これは80年代以降の「構造改革」を望む議論(これは「右」にも「左」も、また「上」にも「下」にも支持者がたくさんいたと思う)の前提が、かなりあやしいものだったということだ。

(このことは「中間集団」というものの評価の難しさに関わる。それを「反体制」の拠点として持ち上げることも出来ないが、だからといって逆にそれを解体することが事態を良くするわけでもない。むしろ、日本的な「中間集団」とは、共同体を形成できない人々がむりやり寄り集まっているようなものを指すと考えたほうがよいのではないか)

80年代後半当時(ペレストロイカの時代!)流行った言い方に《これからの政治的対立点は「保守対革新」ではなく「改革派対守旧派」だ》というものがあったわけだが、「小泉改革」などというものが実現してしまった今、この区別ももはや過去のものになったと考えられるべきだろう。
posted by 甲虫1 at 2007年04月15日 22:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年04月08日

ブログでニュースを。


えーっと、ちょっと前の話なんだけど、Seesaaが「ニュースと写真をブログに引用できるサービスを開始」だそうなんですが、僕はこの話を新聞見て知りましたよ。どうなんでしょうか、そういうの。

新聞社のサイトが過去の記事を消してしまうというのがよく問題になっているわけで、これはそういうことにならないようにしてほしいなあ……。

追記:
ありゃ、スクリプトを切ると何も表示されないんですね。
なかなか微妙な……。
posted by 甲虫1 at 2007年04月08日 19:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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