2007年02月17日

日本の仏教の歴史について


例えば、実際の寺院と見て回るとやたらと薬師如来とか観音菩薩が多い。なぜか。地蔵とかも多いなぜか。こういうべたな質問に仏教史が答えない。で、民俗学が答えようとするのだがメタになってとんちんかん。
現実の「仏教」の社会での働きの歴史が見えない。


ということなんだけど、これは僕も思う。

柳田國男のいう子孫を見守り続ける先祖というのは浄土真宗の影響なんじゃないか、というようなことをむかし柄谷行人が言っていた。

そういう興味で仏教史を読んだら、インドからの仏教の伝統の中には浄土真宗の他力本願のような発想の出てくる余地はない、とか書いてあるのである。

日本の仏教には《なんだか知らないけどそうなってること》がたくさんあるようだ。坊さんと信者たちは教義とか経典とかとは別にいろんなことを考えており、その多くは文書にも何も残っていないとかそういうことなんだろうか。

ブクマなどを読むと、それは「メジャーな研究領域」だとか「知らないだけ」とか書いてあるけど、参考文献とかは挙げられていないようだし。

「仏教史と限らないとも言えないこともないが」というfinalvent氏の言葉に、大いに同感してしまう。

*カッコを引用(「」)と強調(《》)で区別した。(2007/2/17 13:40)
posted by 甲虫1 at 2007年02月17日 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年02月16日

コピペやめてください…



どうも前回の記事の一部とURLをあちこちのコメント欄に貼って回っているひとがいるらしい。

その「被害者」のひとつ、「こころ世代のテンノーゲーム」のumetenさんに批判されてしまった。

たとえばネット上の「メディアリテラシー」の悲惨な現状と同じ轍を踏んで欲しくない、というような意味だったんだけど、不用意な書き方だったことは認めます。

あと、前回引用させてもらったきはむさんが続篇的な記事を書かれていることを報告しておきます(http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-323.html)。

しかし、ヤバいところに首突っ込んじゃったかも……(自業自得)。

posted by 甲虫1 at 2007年02月16日 23:09 | Comment(5) | TrackBack(1) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年02月12日

ニセ科学批判批判

「トンデモ」批判的なコミュニケーションが(局所的ではあれ)一種流行になって、「トンデモ」なものを批判なり嘲笑することが自己目的化する(「繋がりの社会性」?)ような場合がある気がして、私はそれはとても不毛だと思う。
on the ground 正しさは社会を良くするか
http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-320.html


パオロ・マッツァリーノ『つっこみ力』の書評――なのだが、むしろ本筋は
最近「ニセ科学」の話題などが盛り上がったが、それを横目で見ながら何か私はスッキリしなかった。
というところにあるようだ。
これは、僕がまん延する「ニセ科学批判」の後半で上手く書ききれなかったことと同じではないか。

ただし僕は、きはむ氏ほど倫理的(内省的)ではない。ニセ科学批判の自己目的化がまずいのは、批判者やその同調者の「優越感情」が醜いからというより、ネットでの議論が内藤朝雄のいういじめにおける「いま・ここ」の論理(性・宗教・メディア・倫理 : 悲しいお知らせ。http://may13th.exblog.jp/4279438に適切な要約がある)に引きずられてしまいがちであり、ニセ科学批判もその例外ではないからだ。



posted by 甲虫1 at 2007年02月12日 23:20 | Comment(3) | TrackBack(4) | うわさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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