2007年01月06日

本を書くということ

Living, Loving, Thinking - 1987年?
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070105/1167974950#c1167979538

コメント欄。

僕もこんなブログをやっているぐらいだから、文筆家になりたい、本を出してみたいなどと夢想したことはあるが、そのたびに考えたのが読者の反応のことだ。

本というのは書店で誰でも手に入る。つまり誰に読まれるかわからない。そしてその中にはさまざまな人がいるはずだ。自分の意見に共感してくれる人ばかりではないだろう。それどころかこちらが意図しない理解をして傷ついたり腹を立てたりする人がいないとは限らない。そしてそれらの人の幾人かが、自ら死を選んだり、著者である僕に「復讐」をこころみたりするかもしれない――などと考えてしまうのだ。

そんな事態は、僕には耐えられそうにない。

だから僕は本を書く人たちを尊敬していた。彼らはそのような事態を想定したうえで、「あえて」本を書く…つまり極端な話、人を殺したり殺されたりすることを覚悟し、それに耐えることを選んだ強い人間なのだ、と思ったのだ。

ところが、である。

インターネットの時代になり、だれでも公共の場で文章を書くことができるようになった。活字で活動している人たちが、自分の著書について語られている掲示板やブログに「光臨」することもたびたび見られるようになった。
それらの中には、ほほえましい交流や有意義な意見の交換もないではない。しかし……。

僕はなにか勘違いしていたのだろうか?
書物という「戦場」が、かえって人を傷つきやすく、傲慢にするのか?
それとも、「著者」という身分は、僕が考えていたよりずっと居心地がよくて、なにかと「守られている」立場なのだろうか。
posted by 甲虫1 at 2007年01月06日 19:59 | Comment(5) | TrackBack(0) | うわさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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