2006年09月24日

恣意的なリアル

『仮面ライダーカブト』を観ました。第34話らしい。いや、毎週観てるんですけどね。
今週の料理は焼き鮭の朝食・たこ焼き・オムライスでした。――って、知らない人が見たら何の話をしてるんだ?って感じですけど。
 
今年の『カブト』は、なんか開き直ってるというかイッちゃってるというか、今までの「平成ライダー」シリーズの公的イメージのひとつであるところの「リアル」を投げ捨ててしまってケレンと勢いで空回りしているかのような観があって、そういうところで腹を立てたりうんざりしたりしてしまっている人も多いんだろうけど(とりあえず僕も『カブト』が始まってからしばらくして「特撮!」板をチェックするのをやめました)、でもこれって、単なる惰性とかネタ切れだとかそういうことで片付けていいんだろうか、とも思うんですよね。
やはりここには、スタッフのひとつの戦略というか決断があるんじゃないかと。
 
そこで思い出したのが「文学フリマ」の運営者の方の書かれた『機動戦士ガンダムSEED』の感想です。
しかし、『SEED』で最も快感を与えてくれる展開は、理想主義を掲げる中立国オーブ→ラクス軍へと、敵味方で争っていた愛すべき登場人物たちが集結することだ。その人選がまた恣意的だからたまらない。負のヒロインであるフレイとナタルが弾かれ、男が惚れる男バルトフェルドが復活・合流するというのが象徴的だ。ラクス軍は良いヤツばかりなのである。
 
『事務局通信』 2003/9/27 男の子はみんなガンダムが好き
強調は引用者による)
この「恣意的」っていうのが、『カブト』に感じる印象とちょっと似てる気がするんですね。
今週でいえば、ハイパーゼクターが、文字通り天道の「手に落ちる」シーンとか。
なんか悪夢を見ているようなドライブ感があるような気がする。
なんていうか、「表現」と「意味」が逆転してるっていうんでしょうか……。

2006年09月07日

断片I

*追記(2006.10.18)
この記事は夜中(僕の生活からすれば)に勢いで投稿して、あわてて非公開にしたものです。
rssでは流れてしまったので、このようにお目に触れることになってしまったわけです(非公開のままだと更新できないようなので、この際公開にします)。
間違ったことは書いてないとは思うのですが、きちんと書くためには『探究II』を参照せねばならないし、それがめんどくさかったのでボツにしました。
なお、<共同体>と<社会>については、柄谷と蓮實重彦との対談『
闘争のエチカ』も参照のこと。この記事の発想は、この本の蓮實の発言に大きな影響をうけています。
本文を読む
posted by 甲虫1 at 2006年09月07日 22:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2006年09月05日

回避する日々

児童小銃 - オタク系AV女優 峰なゆか について
http://d.hatena.ne.jp/rna/20060904/p2
 
うーん、さらされてるなー(とほほ)。でもやっぱりなんばさんは上手いな(二度としませんから許してください!)。
だいたい、峰なゆかでも「七里の鼻の小皺」でも(nanariさん、遅くなったけどトラックバックありがとう)、僕がここで取り上げるものは、僕自身では手におえなくて持て余すような対象であることが多いようだ。
じゃあ何なら満足にできるのか、という話でもあるわけだが……。
 
基本的に対象に没入とかできないんだよね……。「楽しむ」ってことがわからないっていうか。
 
またなんかスゴイものやおもしろいものを見つけられるといいんだけど。
タグ:運営 自分
posted by 甲虫1 at 2006年09月05日 21:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2006年09月03日

再構築の必要

どうもSeesaaブログでは、再構築してやらないと個別記事や過去ログページ等の「新着記事」の欄も更新されないらしい。
これはちょっとキビシイなー。
タグ:Seesaa ブログ
posted by 甲虫1 at 2006年09月03日 13:33 | Comment(0) | TrackBack(1) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

はてなブックマーク

はてなブックマーク - 甲虫ブログ: オタク系女優。

なんでこっちがブクマされてんの? と思ったら(実はちょっとほっとした)、なんばりょうすけさんご本人が(!!!!!!!)。

いや、すいません、本文にもあるように書くことに躊躇があったので、なんばさんに振ってごまかしてしまいました!

ほんとは荒俣宏のメガネ論(たしか『エロトポリス』 に収録されていたはずだけど、Amazonで3,368円って……)などを参照していろいろ書くつもりだったんですけど、僕ごときがウダウダ言ったってしょうがないと思い(というか、「萌え」ってけっこう難しい。いろんな意味で)、あんなかたちになってしまいました。

もし問題があったり不快でしたら対処しますので連絡ください。>なんばさん。
posted by 甲虫1 at 2006年09月03日 13:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 運営 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2006年09月02日

いじめを批判する本質的な理由は存在しない

前に取り上げた、本田由紀氏のブログ閉鎖問題について、もう一人の当事者である内藤朝雄氏(はてなid:suuuuhi)が稲葉振一郎氏を批判する文章を書いている。
全体の趣旨には強く同感するのだが、怒りのあまり稲葉氏らの行動にあらかじめ悪意があったかのような書き方になっているのは良くないと思う。前回書いたように、稲葉氏らの最大の間違いは、善意にもとづいていさえすればそれは「いじめ」とはみなされない、という考え方だと僕は思っている。今回の内藤氏の批判の仕方ではその点が曖昧になってしまう。
 
しかし、それはしかたないのかもしれない。稲葉氏らとつきあい始めたころ、内藤氏はブログにこんなことを書いている。
 
いぢりといぢめの境界はさだかではない。
しかし、いぢりには愛があり、相互性がある。
愛と相互性がなくなってくると、だんだんいぢめになってくる。
ちょっと知恵遅れっぽくて動作がぎこちなくて、ちょとおさない感じのする人は、いつのまにかいぢられ役になっている。そして笑いと嬌声の源泉=愛される者になっていく。かつてはどこの村にもそういう阿呆がいて、愛されながら、なんとか生きていたそうである。
で、
先日、自分がそういう禿しい「愛され方」をしてしまった。
悪童おやぢブラザーズ&太陽輝く若者いっぱいに、さんざん、いぢられ、いぢられ、遊ばれる。

ボクってこんなに愛されていたのね……感涙

http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20051218
 
僕はこれを読んだ時、内藤さんも「ネットの人」になってしまったんだな、と思った。内藤氏はこんなことを言ってはいけなかったと思う。いじめ理論の第一人者がこれではしかたないではないか。
 
なぜ、いじめはいけないのか? なにか本質的な理由などは存在しない。ただ被害者が傷つくからいけないのである。「愛」や「正義」といった理念(こういう場合、愛も理念の一つだと思う)で、それを絶対に正当化させてはならない。その種の理念のために人間がある、という考え方に反対するのがリベラリズムではなかったのか。
 
リベラリズムについての著作もある(さらにいえば、こういう意味での人間の自由についての深い省察を含むマンガやアニメについての著作も多い)稲葉氏がこういったふるまいを繰り返しているのもダメだが、それに安易に乗ってしまった内藤氏にも反省の余地があるのではないか。
 
しかし、一生の仕事であるはずの自由に対する考察を投げ捨ててしまえるほど「愛」の誘惑は強いのだろうか?
posted by 甲虫1 at 2006年09月02日 20:15 | Comment(5) | TrackBack(2) | うわさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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